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1,支那 しな
1-1 (「秦(しん)」轉訛に起る)外國人の中國に對する呼稱。初めインドの佛典に現れ、わが國では江戸中期以來用ゐられた。 岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

1-2 〔秦(シン)の變化といふ。もと中國の佛教書で、自國を呼んだ語〕@「中國」の舊稱。もろこし。中華。A俗に中國を呼ぶ名。三省堂「新明解國語辭典」第三版(昭和五十七年發行)

1-3 黄河・揚子江・珠江の流域を包括する極東の一大地域。およそ清朝のシナ本部十八省の地域にあたる。北はモンゴル・東北地區、東は黄海・東シナ海、南は南シナ海・インドシナ半島、西はビルマ・チベットに境する。その語原は諸説があるが、前三世紀の末にだいたいこの地域を統一して一大帝國を建てた秦(しん)Ts'inの名が、その國威の隆盛にともなひ四邊にいひふらされ、秦が滅び漢が代つてからもさらにその名は廣く西方にも傳はり、それがなまつてSina、Thinaなどとなり、近代のChina(英語・ドイツ語)、Chine(フランス語)、Cina(イタリア語)などとなつたものといふのが最も穩當な説と考へられる。インドでもこの地域をCinaとよんだが、それが漢語に飜譯されて〈支那〉〈脂那〉などの文字で表記された。〈シナ〉は純粹に地名であり、〈中國〉にはやや國家の意味が含まれてをり、シナには中國もあり、中國でない國もあつた。近年西洋人が、清國などといふべきところをシナ帝國Chinese Empireなどとよぶのは誤りである。平凡社「世界大百科事典」 昭和四十八年版 石田幹之助

1-4 外國人による中國の呼稱。王朝名の秦が音變化して西方に傳はり、それが漢譯されたものといはれる。わが國では江戸中期から次第に廣まり、第二次世界大戰まで中國の一般的呼稱として用ゐられた。
〈語源説〉
一、 インド語で文物國の義のシンダン(震旦)から。また秦(シヌ)の國威が強大であつたのでその名がインドに傳はり、定着したものか〔大言海〕。チヌ(秦)が西域語化・梵語化して、國名として逆輸入されたもの〔外來語の話=新村出〕。
二、 「支那泥舍」といふ古代インド語の略で、思惟の意とも文物國の意とも神州の總名ともいふ〔中華名物考=青木正兒〕。
三、 梵語で唐國、韓國の總稱。思惟國の義〔類聚名物考〕。
小學館「日本國語大辭典 第十卷」昭和五十三年

1-5 外國人の中國に對する呼稱。中國人も清末に滿洲王朝への臣屬を拒否する意志をこめて用ゐたことがある。語源についてはふつう、秦の名が音變化して西方に傳はり、とくに南方海路を通じて古代インドに入つてチーナスターナ(チンの土地)とサンスクリット表記されたものが佛典漢譯の際中國に逆輸入されて<支那>と書かれたといはれる。唐初の玄奘も中央アジア、インドで自國が支那と呼ばれたことを傳へてゐる。日本にも佛典を通じて傳へられ、空海の《性靈集》にすでに見えるが、新井白石の《西洋紀聞》など江戸時代中・後期ころからしだいに普及し、明治になつて英語のChina、フランス語のChineなどとの對應から、清國や中華民國の國號とは別個の廣義の地域名稱として通行するにいたつた。しかし、中華民國成立後、日本政府がことさら政治的意味をこめて使ひ、日本の大陸侵略と結びついて蔑稱的性格が強められた結果、第二次大戰後は使用が避けられるやうになつた。 平凡社『世界大百科事典』 昭和六十三年初版 平成七年印刷 杉山正明

1-6 中國本部地域の別稱。その語源については明らかでないが、一般には紀元前三世紀末、中國を統一した秦王朝の秦の音がチーナ China とかチン Thinとして西方に傳へられたことによるといふ。それが佛典に記され、さらに漢譯されて支那となつた。この語はまた脂那あるいは震旦(チニスターナ。支那人の住地の意)などと音譯されてゐる。しだがつて支那は外來語であり、英語のチャイナ China、フランス語のシーヌ Chineなどもそれから出た語である。なほ、日本のアジア地域への侵略過程で、侵略を正當化する理由の一つとしてその地域の住民を劣等視したことなどにより、支那といふことばに蔑視の意味はないが、日本人が使用すると蔑稱的性格を持ち、また中國人も侮蔑感を持つため、第二次大戰後は使用を避ける人が多くなつてゐる。小學館「日本大百科全書」 昭和六十一年初版 昭和六十四年平成元年 第四刷發行 宇都木章

2,中國の呼稱 ちゆうごくのこしよう
古くはシナと呼ばれたが、これは紀元前三世紀に中國を統一した秦(Chin)の國名が西方に傳はつて、チン(Chin,Chine)、チーナ(Cina)、古代インドに傳はつて、チーナスターナ(Cinasthana)と呼ばれたことによる。それが漢譯佛典に支那、脂那、震旦などと譯され、そこから日本では江戸時代以來、支那と記した。中世の西方文獻では、北魏の拓跋氏に基づきタウガス(Taugas)、タブガチ(Tabghach)と書かれた。近・現代の内陸アジアなどで中國をキタイ(Kitai,Khitai)、カセイ(Cathey)と呼ぶのは、契丹、カラ・キタイ(西遼)の國名に基づく呼稱である。集英社『情報・知識 imidas 1988』 昭和六十三年發行

3,中國 ちゆうごく
3-1 @國の中央部分。天子の都のある地方。A世界の中央に位置する國。自分の國を誇つていふ語。B昔は山陽道の特稱。後世は山陽・山陰兩道の總稱。C律令制で(イ)近畿からの距離が近國と遠國(おんごく)との中間にある國々の稱。(ロ)(チュウコクとも)面積・人口などによつて國を大・上・中・下の四等級に分けたものの一。安房・若狹・薩摩など。D中國地方の略。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

3-2 東アジアの大國。中國本部・蒙古・新疆・青海・チベット・台灣などから成る。きはめて古い時代に黄河中流域に定住した漢民族の開いた國で、傳説によれば、三皇五帝及び夏・殷王朝が存在し、前一二世紀初めの殷末から歴史時代に入り、周・春秋・戰國・秦・漢・三國・晉・南北朝・隋・唐・五代・宋・(遼・金)・元・明・清を經て、一九一二(明治四十五大正元)年共和政體の中華民國が成立、四九(昭和二十四)年中華人民共和國が成立した。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)→中華

3-3 @〔近國・遠國に對して〕昔、京都から比較的近い距離にあつた國々。A「中國地方」の略。B「中華民國・中華人民共和國」の略。三省堂「新明解國語辭典」第三版(昭和五十七年發行)

3-4 ヨーロッパでは古くはシンSin、チンChin、シナイSinae、チナChina等が漠然とした中國呼稱として用ゐられてゐた。この系統の言葉としては、《エリュトラ海案内記》にあらはれるティナイThinaiが最初であらう。その後、プトレマイオスの地理書、八世紀末に建てられた〈大秦景教流行中國碑〉などにもシナイ、チニスターンTzinistanなどと見えてゐる。これらはすべてサンスクリットのチナスターナCinasthanaにもとづくと思はれ、これは中國では震旦、振旦、至那、斯那などと漢譯されてゐる。日本で使はれる〈支那〉も《大唐求法高僧傳》の表記法にもとづいてゐる。この起原については、初めて中國を統一した始皇帝の國號Sh'inがなまつたと考へる説が一般におこなはれてゐる。中國人は古來、中華思想にもとづいて、自ら夏、華、中夏、中華、華夏、中國、中洲、中原などと稱してゐる。日本では中國を昔から〈から〉とか〈もろこし〉とか呼び、漢字にあらはして〈漢土〉とか〈唐土〉とか記してゐる。日本では最初に〈支那〉といふ文字を使用したのは新井白石のやうであり、以後蘭學者たちがこれを用ゐ、最近にまで及んでゐる。第二次世界大戰後、支那といふ文字は一般には用ゐられなくなつた。中國といふ言葉が示す地理的範圍は從來はなはだあいまいであつた。自然的條件、人種的條件の多樣性、複雜さによつて、中國のなかで、邊境地帶を除き、漢民族が大多數を占め中央政府の威令が比較的よくおこなはれる地域を特に支那本部China Properと呼ぶことがあつた。これはその裏には、中國をとりまく帝國主義諸國が中國侵略をすすめてゐる邊境地帶を、より中國的でないと主張することによつて、侵略に對する非難を輕くしようとする考へがひそんでゐたやうである。しかし中華人民共和國が成立し、その憲法第三條において、中華人民共和國は〈統一された他民族國家〉であり、〈各民族の自治地方すべて、・・・きりはなすことのできない部分である〉ことが明示され、かつ邊境の開發が急速度にすすむにつれて、中國本部と邊境といふ區別はなくなり、これにともなひ中國の領域は現在みるがごときはつきりした形をとつてゐる。平凡社世界大百科事典 昭和四十八年版

4,中華 ちゆうか
4-1 中國本部に居住した漢民族が、周圍の文化的に遲れた各種族(東夷・西戎・南蠻・北狄と呼ぶ)に對して、自己が世界の中央に位置する文化國家であるといふ意識をもつて呼んだ稱。中夏。 岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

4-2 @〔外國との交渉が少なかつた時代に〕自國を、世界の中心に在る、一番すぐれた國と見なしたこと。〔狹義では、漢民族のそれを差し、またその呼稱としても用ゐられる〕A中國。B「中華そば・中華料理」の略。 三省堂「新明解國語辭典」第三版(昭和五十七年發行)

5,中國本部 ちゆうごくほんぶ
⇒しなほんぶ(支那本部)岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

6,支那本部 しなほんぶ
現在の中國の南東主要部分をなす地域の舊稱。北は東北(舊滿洲)・蒙古に接し、東は黄海・東シナ海に、南は南シナ海に臨み、西は青海・西藏に接する。中國本部。 岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

7,唐 から
7-1 @中國の古稱。また中國から渡來の物事に添へていふ語。A轉じて、ひろく外國の稱。また、外國から渡來の物事に添へていふ語。B唐織の略。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

7-2 一[唐]「中國」の意の雅語的表現。二[韓]「朝鮮」の意の雅語的表現。(共に、昔は外國の代表とされた。一は舶來の事物につけてよく使ふ)三省堂「新明解國語辭典」第三版(昭和五十七年發行)

8,唐土・唐 もろこし
8-1 (「諸越」の訓讀から)@昔、中國を呼んだ稱。A外國から來た事物に冠していふ語。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

8-2 @[雅]〈國名「越(エツ)」の意の「諸越」の訓讀から來たといふ〉中國。《古來の用字は、「唐土」》A〈唐土、すなはち中國から渡來した物の意〉葉・莖はトウモロコシに似る一年草。粒は赤茶色で丸く、酒・菓子の材料や家畜のえさにする。もろこしきび。三省堂「新明解國語辭典」第三版(昭和五十七年發行)

9,韓 から
(朝鮮南部の古國、意富伽羅〈おおから〉の名に基づく)朝鮮の古稱。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

10,伽羅 から
⇒みまな(任那)岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

11,唐人 たうじん
11-1 @唐土の人。からびと。中國人。A外國人。異人。B物の道理のわからぬ者を罵つていふ語。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

11-2 江戸時代、中國人の稱。〔廣義では外國人・異國人を差し、また物の道理の分らぬ人を差した〕三省堂「新明解國語辭典」第三版(昭和五十七年發行)

12,毛唐 けたう
「毛唐人(=毛深い外國人)」の略。歐米人(を卑しめて言ふ語)。三省堂「新明解國語辭典」第三版(昭和五十七年發行)

13,毛唐人 けたうじん
(體毛が多いからいふ)@歐米人を卑しめて呼ぶ語。A(朝鮮人を唐人といふに對して)中國人。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

14,China チャイナ
@シナ。中國。A磁器。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

15,中原 ちゆうげん
@廣い野原の中央。A中國文化の發源たる黄河中流の南北の地域、即ち河南及び山東・山西の大部と河北・陜西の一部の地域。B競爭の場。逐鹿場裡。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

16,漢 かん
@あまのがは。A中國の王朝名。前漢(西漢)および後漢(東漢)、また、三國の蜀漢、五胡十六國の成漢・漢(前趙)、五代の後漢・北漢・南漢など。B轉じて、中國本部の異稱。また、中國の異稱。C(晉の五胡が中原を亂した時、漢民族の男子を罵つて漢兒と稱したことに基づく)男子。をとこ。D中國に關係する事物に冠していふ語。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

17,清 しん
中國の國號。滿洲族のヌルハチが、千六百十六年帝位(太祖)について國號を後金と稱し、その子大宗はこれを清と改め、その子世祖の時に中國に入つた。康煕・乾隆兩帝の頃全盛。首都は、初め奉天、のち北京。辛亥革命によつて十二世をもつて滅びた。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

18,臺灣 たいわん
(Formosa;T'ai-wan)中國福建省と臺灣海峽をへだてて東方二百キロメートルにある島。臺灣本島・澎湖列島及び他の附屬島から成る。總面積三萬五千九百平方キロメートル。民末・清初の頃から漢人が多數移住して中國領となつたが、日清戰爭の結果千八百九十五(明治二十八)年日本領となり、千九百四十五(昭和二十)年日本の敗戰によつて中國に接收され、四十九(昭和二十四)年蒋介石政權がここに移つた。人口千二百九十七萬(昭和四十一年)岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

19,臺灣人 たいわんじん
臺灣の住民で、一般には漢人種(過去において中國から移住したもの)である本島人をいふ。人種學上、福建省から移住した福老と廣東省から移住した客家(はつか)とに分れる。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

20,滿洲 まんしうじん
中國の東北一帶の俗稱。もと民族名。行政上は東北三省(遼寧・吉林・黒龍江)・内蒙古自治區にわたり、中國人自身は一般に東北と呼ぶ。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

21,滿洲國 まんしうこく
日本が滿洲事變により、中國の東北四省をもつて作りあげた國家。千九百三十二(昭和七)年、もと清の宣統帝であつた溥儀を執政として建國、三十四(昭和九)年に溥儀が皇帝に即位。首都は新京。千九百四十五(昭和二十)年日本の敗戰にともなひ消滅。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

22,倭
@中國・朝鮮で用ゐられた日本の古稱。A日本の自稱。やまと。和。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

23,倭奴 わど
[唐書日本傳]もと中國がわが國を稱した語。わぬ。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

24,チャンコロ
@錢の異稱。A小さくて取るに足らないもの。B中國人に對する蔑稱。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

25,臺灣征討 たいわんせいたう
@臺灣に漂流したわが國の漁民が生蕃のために虐殺されたので、明治七年わが國は陸軍中將西郷從道をしてこれを征討させ、清國から償金五十兩(約六十七萬圓)を出させた事件。征臺の役。臺灣征伐。A明治二十八年の日清戰役の結果、臺灣は日本の所有に歸したが、清將劉永福は兵を擁して從はず、同年五月北白川宮能久親王の率ゐる近衞師團がこれを鎭定した事件。北白川宮は征討中病歿。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

26,高砂 たかさご
@兵庫縣の南部、加古川の河口にある市。古來、播磨の要津で、風光明媚。高砂神社にある相生の松で知られる。A(イ)能の一。世阿彌作の神物。住吉の松と高砂の松が夫婦であるといふ傳説を素材とし、天下泰平を祝福する。婚禮などの祝賀の小謠に常用する。(ロ)能の「高砂」に基づく歌舞伎舞踊・邦樂曲。長唄・箏曲・地唄・一中節・うた澤など。B臺灣の別稱。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

27,高砂族 たかさごぞく
臺灣の原住民。インドネシア系に屬するといはれ、中國人及びオランダ人に征服感化された熟蕃と、固有の體質文化を保存して山地に住む生蕃とに分ける。高山族。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

28,熟蕃 じゆくばん
教化されて歸順した蕃人。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

29,生蕃 せいばん
@教化に服さない蕃人。A臺灣の高砂族中、原始的な生活を營んでゐた原住民の稱。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

30,蕃人 ばんじん
@ゑびす。未開人。蠻人。A古代、三韓の人または中國人の稱。B外國人の稱。C高砂族、即ち臺灣の原住民。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

31,蠻人 ばんじん
野蠻人。未開人。岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

32,中華民國 ちゆうかみんこく
千九百十二(明治四十五大正元)年辛亥革命の結果清朝が倒れた後、中國最初の共和制政體として成立した國。初代大總統袁世凱。のち中國國民黨が國民政府を樹立、全國を統一したが、戰後共産黨との内戰に敗れ、四十九(昭和二十四)年本土を離れて臺灣に移つた。
岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)

33,中華人民共和國 ちゆうかじんみんきようわこく
千九百四十九(昭和二十四)年十月一日、中國に成立した共和國。北京を首都とし、毛澤東を政府主席として發足。中國共産黨指導のもとに、初め人民政治協商會議が國家權力の最高機關とされたが、五十四(昭和二十九)年以降全國人民代表大會がこれに代る。六十六(昭和四十一)年以降文化大革命を展開しつつ社會主義建設へ向つてゐる。面積約九百六十萬平方キロメートル。人口約七億。
岩波書店「廣辭苑」第二版(昭和四十六年發行)


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